なくなったときだけ好きだと気づく
行きつけのお店が閉まった日のことを思い出す。
何年も通ってた。週に一度くらい、当たり前みたいに行ってた。閉店のお知らせを見た時、初めて気づいた。あ、好きだったんだ、と。
これ、わかる人とまったく分からない人で、はっきり分かれます。今日は、その話です。
あるうちは気づかない
人でも、場所でも、時間でも。
「あって当たり前」になった瞬間に、感じる機能が止まる。毎日会ってる人の顔を、ちゃんと見ていない。毎朝飲むコーヒーの味を、久しぶりに飲んだ時ほど感じない。通い慣れた道の景色を、引っ越した後に急に思い出す。
なくなって初めて、輪郭が浮かぶ。
好きだったんだ、と知る。あの頃、好きだったんだ、と。
これは「気づくのが遅い」じゃない
あるうちに気づけないのは、あなたが鈍いんじゃなくて、人間がそういう構造をしてるから。慣れることで生きていける。慣れることで消耗しない。でもその分、「今ここにあるもの」を感じにくくなる。
ただ、一個だけ怖いのは。
失った後にしか気づかない、を繰り返すと、「あった時間」がどんどん薄くなっていく。記憶の中の輪郭だけが残って、温度が消える。
じゃあ、どうするか
難しいことじゃなくていい。
今日一個だけ、「まだある」ものを探してみて。人でも、場所でも、習慣でも。失う前提で考えなくていい。ただ「あるな」と思うだけでいい。
それが、あるうちに気づく、の始め方だ。
今日、覚えて帰ってほしいひとつ
気づくのが遅かったんじゃない。今気づいた。それでいい。
今気づいていい。
このSubstackは、本音を、置いていい場所、です。
毎日、揺れる側からの手紙をお送りしています。
ゆっくり、ご一緒に。
おりょん
P.S. 「まだある」もの、一個だけ思い浮かべてみて。それを今日、少しだけ丁寧に扱ってみてほしい。今気づいた自分を、ちゃんと褒めていい。


まだあるもの。。。私も、おりょん★さんのような経験が何度もあります。
だから考えてみました。でも、正直出てきませんでした。
だから、今日はちょっと意識して生活してみたいと思います😊